八朔祭には神楽太鼓が花ともされてきた。神楽太鼓は撥が太くて、舘町の若者中ではこの撥で夜神楽を威勢よく叩くのが最大の花だといわれているほどである。前項に述べるように神楽というのは神楽屋台であり、山車の一種ともされていた。屋台に宮形をつけてここに獅子頭を安置し、それに太鼓を二台載せて、曳き回すことのできる山車の小型化したものである。かつては人手で持ってあるくために棒がつけられていたとされるが、今では車台に替わっている。神楽の宮形屋根にはさまざまな飾りをつけて葺き、注連縄を回す。ところによっては屋根に稲穂を束ねて棟にあげて飾り、軒花を周りに差し込んでいくのである。山車状の屋台は約一間四方ぐらいに高さが一間半ほどの小型であるが、これを曳き回していくのである。小型ながらも上に高くなり、宮形を飾り立て、囃子ものがつくという風流系山車の特色を備えている屋台といえよう。これを神楽と呼んできたのは、その囃子とここに安置される獅子頭に由来すとみられる。即ち、獅子頭を神楽というのは獅子舞のうち伊勢流太々神楽によると考えられ、その囃子の奏曲が本荘由利郡一帯にある大々神楽に類しており、恐らく神楽舞(獅子舞)も伴っていたものと考えられるのである。 |