斎藤寅次郎の経歴

西暦 和暦 事項
1905 明治38年 1月30日、秋田県由利郡矢島町舘町に斎藤孝一郎二男として生まれる。
1919 大正8年 矢島小学校高等科卒業目前に上京。宇津木病院書生となる。
1922 大正11年 松竹キネマ映画研究所入所する。
1924 大正13年 大久保忠素監督のもとで助監督となる。
1925 大正14年 監督に昇進する。(20歳)  第一回作品「桂小五郎と幾松」主として時代劇を年10本余制作。
1928 昭和3年 女優浪花友子と結婚する。
1935 昭和10年 「この子捨てざれば」キネマ旬報ベストテン受賞。
1937 昭和12年 東宝移籍。
1940 昭和15年 トーキー時代を迎え、多くの喜劇人を育てる。
1946 昭和21年 戦後作品「東京5人男」ヒット。
1953 昭和28年 ひばりの活躍したのど自慢もの流行する。
1954 昭和29年 はじめての天然色映画「ハワイ珍道中」ハワイロケ。
1962 昭和37年 映画界引退(57歳)。
1982 昭和57年 5月1日死去(77歳)勲四等に叙せられ瑞宝章。

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