市長室から こんにちは(由利本荘市誕生10周年記念式典編)


秋田県
由利本荘市
Yurihonjo City

 

   合併から10年を迎えた3月22日、由利本荘市誕生10周年を記念し、文化交流館「カダーレ」において、記念式典を挙行いたしました。

   式典には、橋口副知事、衆議院議員 村岡敏英様をはじめ、多くのご来賓の皆様、また、友好交流都市であります福島県いわき市、香川県高松市、丸亀市の皆様、市特別功労者、市功労者、市民の皆様など、約800人のご出席を賜り、多くの方々とともに10周年の節目をお祝いいたしました。

   式典では、放送事業への功績が絶大で、長年にわたり本市の発展や教育文化の振興に多大な貢献をされました株式会社東北新社(東京都港区赤坂) 最高顧問の植村伴次郎氏を本市2人目の名誉市民として顕彰いたしました。


【式辞】
    また、永年にわたり社会奉仕活動に尽力された個人並びに団体の皆様を善行者として表彰したほか、10年以上にわたり町内会長として、地域住民の福祉向上などに尽力された方々や未来の由利本荘市をテーマとした標語・作文コンクールの受賞者を表彰いたしました。

   式典後には、プロ野球 東京ヤクルトスワローズの元選手兼任監督の古田敦也さんに「勝負の世界で勝つためには」と題して、記念講演を行っていただきました。

【植村伴次郎氏の代理で出席された
ご令室 植村久子様とご令息 植村徹様】
   これまで歩んでまいりました10年を一区切りとして、今、私たちには「次なる挑戦への10年」が待ち受けています。

   次の10年を見据え、市民生活の安全、安心のさらなる確保に向けて、大規模災害などにおける活動拠点として「新消防庁舎」が運用を開始したほか、国療跡地には、防災機能とスポーツ設備を兼ね備えた複合型交流拠点となる、アリーナ棟の建築がいよいよスタートいたします。
 
 また、長年の悲願でありました「鳥海ダム」が、本格的な建設段階に移行するなど、「安全、安心な社会基盤整備」が、より強固に推進されることになります。
     少子高齢化・人口減少への対応、産業振興、雇用の確保など、課題は山積しておりますが、「由利本荘市総合計画・新創造ビジョン」のもと、由利本荘市民一丸となって、これらの課題に取り組むことで、必ず道は開けるものと確信しております。
 
 82,000市民と手を携え、希望を持ってチャレンジを続けながら、「人と自然が共生する躍動と創造の都市(まち)」の実現に向けて、全力を傾注してまいりますので、由利本荘市のさらなる発展のために、市民の皆様をはじめ、関係各位のなお一層のご支援とご協力を賜りますよう、改めてお願い申し上げます。
 
【古田敦也氏の講演】


   


名誉市民 植村伴次郎氏
(東京都世田谷区・由利地域出身)

昭和 4年3月 由利本荘市(旧由利町前郷)で出生
昭和20年3月 旧制本荘中学(現本荘高等学校)卒業
昭和36年4月 株式会社東北新社設立 代表取締役社長
平成15年6月 株式会社東北新社 代表取締役会長
平成21年6月 株式会社東北新社 最高顧問


『名誉市民 植村伴次郎氏からの手紙』  

    まずは、このたび由利本荘市がめでたく誕生10周年を迎えられたことを心からお祝い申し上げます。この喜ばしき日に由利本荘市名誉市民という栄誉ある称号を賜りましたことは、光栄の至りであり、感極まる思いでございます。
  これもひとえに、長きにわたり、郷里の皆様からいただきました暖かいご支援のおかげと深く感謝するものであります。

  ご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、私は昭和4年、東滝沢村前郷で生を受け、終戦直前の15歳まで、この厳しくも美しく豊かな自然の中で少年時代を過ごしました。昭和16年に太平洋戦争が始まり、学徒動員令で群馬県小泉の中島飛行機に動員されました。
  戦後の混沌とした時代を生き抜き、そしてその中で幸運と多くの出会いに恵まれ、昭和36年、31歳で東北新社を創業いたしました。

  外国テレビ映画の翻訳、及び日本語版制作事業からスタートした東北新社は、その後、テレビ局への外国映画配給、CM制作、専門多チャンネル放送事業など、主にテレビメディアに関連した様々な事業を展開し、今日に至っております。

  どの事業もまさに心労の絶えない骨身を削るようなものでありましたが、それを乗り越え、ここまで続けてこられたのは、86年に喃々(なんなん)とする人生の15年ではあるけれども、私のベースのすべてを作ってくれた故郷で過ごしたこの15年があるからであり、その時の風景がいつも心の中に生き続けていたからだと信じております。

  晴れた日に真南の方角を望むと、さえぎるものなくそびえ立つ鳥海山の優美な山容。豊かな水をたたえる子吉川の清流。そして何といっても郷里の人たちの暖かさ。
  故郷からいただいてばかりの私が、どのような形にせよ、この栄誉ある称号をいただくにふさわしいほどのことができたのかと自問自答すれば、甚だ疑問ではありますが、微力ながらも郷里のためになればと思い、ご協力させていただいたことで大変うれしいことがございました。

   その一つは、二年前のことですが、毎年修学旅行で会社見学をしてくださる由利中学の生徒さんたちが、私の叙勲(旭日小綬章)のお祝いの手作り横断幕を作ってきてくれたことです。その心を込めて作っていただいた大きなすばらしい出来映えの横断幕に、ふるさとの若者たちの持つ素朴な優しさを感じました。
 そして、もう一つは、ふとした縁から出羽中学の科学部のお手伝いをさせていただいたことがありました。その好奇心にあふれた眼差しで研究していた皆さんが、全国大会で立派な成績を残したことに、ふるさとの若者たちの大いなる可能性を感じた次第です。

  私もまもなく86歳を迎え、これからふるさと由利本荘のためにできることは限られてきますが、先に感じた未来の息吹に大いなる期待を持ちながら、遠い東京の空より大好きなふるさとに思いを馳せ、毎日を過ごしたいと思っております。

  最後になりましたが、大変栄誉ある名誉市民を賜りました御礼を再度申し上げますとともに、我が由利本荘市のますますのご発展と、ご列席の皆様、そして市民の皆様のますますのご健勝をお祈り申し上げ、御礼のあいさつとさせていただきます。

                                                                            植村伴次郎