本荘郷土資料館 本荘町出身衆議院議員 「須藤善一郎コレクション」展

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企画展 令和4年度 第Ⅱ期  令和4年9月17日(土)~ 令和5年1月15日(日) 
 

本荘町出身衆議院議員
「須藤善一郎コレクション」展

~須藤家が残した文化財~ 
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 出羽国由利郡本荘中町、大地主・須藤善太郎、ナオの長男として生まれました。長安寺の寺子屋、本荘藩藩校を経て明治10年に小学校を卒業しました、以後、自宅に教師を招いて歴史、漢学、英語を修めました。明治12年に父善太郎が死去し、若くして家督を相続し善一郎に改名しました。
 政治家としては、秋田改進党に設立会員として加わり、明治22年本荘町会議員に就任しました。由利郡会議員にも当選し、明治24年には秋田県会議員に選出され、明治31年3月まで在任し明治28年には副議長にもなっています。
 明治31年3月には、第5回衆議院議員総選挙で当選し、同年8月の第6回総選挙でも再選され、三四倶楽部に所属して衆議院議員に連続2期在任しました。この間、北海道に農場を作り馬産改良を行う他鉄道建設にも尽力しました。
 明治40年には、無報酬で本荘町長に就任し2期在任し、さらに昭和2年に再任され1期在任しました。その他、本荘銀行取締役、秋田県農工銀行取締役、秋田汽船監査役、横荘鉄道取締役などを務めるなど、政財界で大活躍しました。
 また、本荘藩の相撲場が廃れてきたことに胸を痛めた善一郎は、本荘城西側の愛宕山を開拓して別荘地「光風園」を造り、その園内に常設相撲場を建設しました。東京大相撲を招いて興行を行い、4,700人もの観衆を集めました。その後、近隣の町村の若者による「放楽相撲」が開催され、その放楽相撲から東京大相撲に入門して小結まで昇進した光風貞太郎は善一郎が命名しています。
 資産家であった善一郎の収集した美術品、工芸品はその殆どが由利本荘市に寄贈されています。それらの文化的価値は、どれも非常に高いものです。今まで数回にわたり須藤家の文化財を紹介してきましたが、今回は「書」、「書籍」、「古銭」、「交友者の筆跡」、「相撲関係」等で今まで未公開の文化財を中心に展示いたします。とても希少価値があり、簡単に目にする事が出来ない「須藤善一郎コレクション」をお楽しみください。
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